平成の空騒ぎ「哀☆血吸博」があった事さえ遥か昔に思える今日この頃、皆さんつつがなくお過ごしでしょうか?
私はその会場からも程近いところに大きな弘法大師像がたくさんあると聞き付けて、祭の後のすっかり冷え込んだ名古屋市北東部に行ってまいりました。
この濃密な大弘法ベルト地帯の存在はあまり知られてないが、みな昭和初期に造られたもので、しかもほとんどが私の大好きなコンクリート像なのだ。
一体、何故このチャリンコでも廻れるくらいの狭い地域内に集中的に大弘法があるのかは謎だが、時期的にも工法的にも若干の相互関係はあると思う。昭和初期の愛知県下で花開いた黎明期のコンクリ大仏ムーブメントを語る上で貴重な生き証人だ。
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