名湯、伊香保温泉にほど近い場所にある
水澤寺。
坂東三十三観音霊場の十六番札所の水沢観音、といった方が通りがいいだろう。
とあるお天気のいい休日、久々に水沢観音に出かけてみることにした。
伊香保温泉への渋滞を脇目に水澤寺へと進む。
これまでにも何度か訪れた事はあるが、少なくともカメラを持って訪れたのは今回が初めてだったような気がする。
それだけ関東の人にとっては行楽ついでに行って当たり前、な寺なのだ(なのか?)。
一般的にはこの地方を代表する有名寺院と言っていいと思う。
実際に行ってみると休日だけに伊香保温泉程ではないが若干の人出はある。
駐車場の一画には地元の野菜や特産物を扱った店や露店カフェなどがあり、Z級観光地とは一線を画する佇まいを見せていた。
寺に行く途中にも焼きまんじゅうや住職監修のこんにゃくの漬物を売る店が数件並び、観光地っぷりを存分に発揮しているのである。
路傍には何故か田の神さあ。
本来は南九州の民俗神なのでこの地にいるはずはないのだが、どこかで宗教のハイブリッド化が進んだのであろう。
このように日本中の地方にある民間信仰の神々が時代につれて普遍的な神様に変容していく様は興味深い。
参道に素敵なおみくじを発見。
獅子舞が踊り狂っておみくじをお届けする、という趣向。
200円でやっていただけるなら、喜んでコイン投入しますとも!
そうこうしていく内に本堂が見えてきた。
朱塗り&コテコテ装飾のいかにも「ザ関東の江戸建築!」といった風情だ。
しかし本堂よりも気になるのが隣にあるこちらのお堂。
六角の二重塔である。
それだけではない。一層部が吹きさらしになっていてその内側に六角の輪蔵があるのだ。
しかも輪蔵といえばお経を納めた書庫のようなモノなのだが、ここは六体のお地蔵さんが並んでいるのだ!
こんな輪蔵見たことない!
いや、最早輪蔵ですらないのか。
回転地蔵堂と言うべきか。
地蔵は上と下の2点で支えられている。
一般的な輪蔵は日本各地に見られるが、少なくとも仏像が納められた輪蔵は日本ではここだけなのではなかろうか。
ベトナムにはありましたけど。
恐らく六道を司る六地蔵を回転させることで
六道輪廻そのものを表現しているのだと思われる。
輪蔵には六個の取っ手があり、参詣者はその取っ手を持ってお堂を3回転させる事になっている。
が、1〜2人の力で充分回せる。
次から次へと参拝客がお地蔵さんを回転させていく。
皆なぜか楽しそうだ。
そりゃそうだろう。
普段は神妙な面持ちで立っているお地蔵さんが自分の力でグルグル回るんだから、こんな楽しい事はない筈。
いわば江戸時代の仏教アトラクションといっても差し支えないと思う素晴らしい信仰装置だ。
小学男子2人組が嬉々としてお地蔵さんを回し始めた
ある程度スピードを押さえる機構でもあるのだろうか、それともそれなりの重量があるからなのか、全力で回しても高速回転はしないようだ。老人の力でも軽く回せるのに。不思議。
私も回転モノ好きなので小学男子の気持ちは
痛いほど解るぞ。
それにしても回転地蔵堂は凄い発想だと思う。
この地蔵堂が作られた(と思われる)文化年間は東日本各地に栄螺堂が出現した時期と重なる。
どちらも仏教の教義を建築的手法で表現している点、しかも単なる参拝ではなく、参拝者がその身体を使って参加する点においてよく似ている。
さらに言えば参拝に娯楽的要素を盛り込んでいる点も両者は共通している。
江戸後期の東日本の仏教におけるスタンスをよく表しているように思える。
輪蔵の脇には大きな石碑。
一見ギョッとするが、このお寺の盗難除けと魔除けのお札を石碑にしたためたものだ。
こちらがお札。
盗難除の札の方に描かれているのは角大師。魔除は豆大師。
何といっても気になるのは角大師。
仏教の偶像というよりは悪魔のような姿である。
しかも手足クニャクニャだし、眼はグルグル回っちゃってるっぽいし、表情は笑ってるっぽいし、何だか愛嬌のある悪魔みたいな不思議な造型だ。
この角大師は平安時代の天台宗の高僧、良源(元三大師)の姿とされている。
世に疫病が流行ったとき、元三大師が夜叉の姿に化して疫病神を退散させたという逸話によるもの。
今でも全国の天台宗の寺院ではこの角大師のお札を配布している。
その多くは疫病除けなのだ。
今でも古い家に行くと、玄関に角大師のお札が貼られている家をよく見かける。
正直言ってアマビエよりはるかに歴史のある角大師が今のコロナ禍で話題に上らずアマビエだけがもてはやされるのかが私には合点がいかない。
いや、むしろ疫病といえば頼りにされるのは角大師や祖民将来だったはずなのに、何故アマビエにその座を奪われたのか?
単にアマビエが可愛くて角大師が怖いからか…。
で、本堂。
この建物も
ザ江戸建築!といった面持ち。
元禄の頃の建物で、天明年間に大改修をしたという。
第一印象は
「赤い!」
柱や垂木、組み手が朱塗りで、まあ、派手でめでたい印象だ。
見上げれば天上画が。
龍の両サイドに天女。
さらに本堂を囲むように彫刻欄間が続く。
柱や梁の赤に対して青や緑を多用した彫刻。
透かし彫りで波や植物が表現されている。
勿論彫刻の腕前は上等だが、波の表現などはユーモラスだ。
松に滝の彫刻。
奥の滝のストライプのような表現がすきだなあ。
内陣には奥の方に厨子があり、その中に本尊があるのだろう。
前仏として千手観音が安置されていた。
頭貫には獅子が並んでいるのだが、その合間合間に鳥の様なモノがいるのがキュートだった。
本堂の正面には階段があり、その下には
山門があった。
本来であればこの山門を潜って階段を上り、本堂を参拝して六角堂に至るのだが、メインの大駐車場に車を停めてしまうと参拝が逆ルートになってしまうのだ。
間口三間×奥行二間の大きな山門。そして
赤い!
二層の入母屋造。
桁の装飾が印象的だ。
正面左右には仁王像。
後方内側左右には風神雷神が祀られていた。
山門の裏側には階段がある。
しかも登ってイイみたいですよ。
最近、二層の山門でも登るの禁止なところが増えてきた。
以前は大抵登れたような気がしたのだが、まあ、ケガされるとお寺サイドも面倒だしね。
それ以前に、山門の二階って盗難とかイタズラとかされても目が届かないから、というのもあるかも。
ここのように比較的有名な寺院でこのように大らかな対応をされている寺院は今では珍しくなりつつある。
という訳でありがたく登らせていただきますよ。
狭い階段を登ると視界が開け、明るい部屋に出る。
中央に釈迦三尊像。
上には十六羅漢が並んでいる。
修復したのだろうか、いずれも状態は良い。
振り返ると、門前の木々が目の前に。
新緑の葉が眩しいくらいだ。
桁の装飾。
色使いがチョット日本の寺院とは思えない程派手。
どっちかというとベトナム辺りのお寺みたいだ。
獅子も本堂のそれ同様、細かく彩色されている。
山門二階から本堂を見る。
山門→本堂→回転地蔵堂、という徐々に盛り上がっていくドラマティックな配置を考えたら、大駐車場より山門下にある小さな駐車場からアプローチした方がよかったかなあ。
うむ。今度来たときはそうしよう。