北温泉/栃木県那須町




那須の奥座敷、北温泉。

秘湯中の秘湯といっていい山奥にある一軒宿だ。


何ゆえに温泉?珍寺大道場ぶったるんでない?との声も聞こえてきそうだが、さにあらず。

温泉ファンに人気の宿だがこと「温泉における信仰」という視点から見ると実に興味深い場所なのだ。

もちろん折角行ったのだから温泉に浸かってのんびりするのもやぶさかではないが。




北温泉は那須の山奥にある。駐車場から山道をしばらく歩いていくとその全容が見えてくる。

数軒の建物が地形に合わせて複雑に増築されている。


中に入るとその濃厚な湯治湯テイストにクラクラ。

遊びじゃない遊びじゃない、修行なんだ修行なんだ…と呪文のように呟きながら早速館内を探検。

山間にある建物らしく建物は細かい階段でレベル差があり、しかも何棟も増築してあり、その複雑怪奇っぷりはこの温泉が長い年月を重ねてきた証しであろう。


    

玄関ホールから階段を数段のぼったところに祭壇が。

見れば「湯前様参堂」とある。

なるほど、ガラス戸の向こうには階段があり、そこを上っていくと温泉神社という名の神社があるという。

…ってここ、供え物とかがあって通れないんですけど…



コレは首なし地蔵。



その他、館内には所々に祭壇があり、様々な神仏が祀られていた。


さらに進むとこの温泉の建物群が複雑に入り組んでいる場所に出る。
階段が縦横無尽に延び、一軒非複雑に見えながらも実に合理的に館内を移動できるようになっている。



まさに温泉界の軍艦島

もちろんバリアフリーなどという概念がうまれる遥か前の建物であるから足の悪い方は難儀するとは思うが。




複雑な通路、昼尚暗い廊下、温泉なのに信仰をベースとした独特の雰囲気に満ちている。

廊下を進んでいくと何故か軍人さんの写真や奉天会戦の配置図なども。ちょっとした日露戦争関係のギャラリーになっている。


    


さて、そんな目移りしまくりの廊下を進んでいくと、巨大な天狗の面が見えてくる。

北温泉の名物、天狗の湯である。



この風呂は廊下から天狗の面が見えるところからも分かるとおり、かなりあけすけだ。

混浴なのに扉もないような浴室でいいのだろうか…この温泉の独特すぎる雰囲気だったら何でもアリ、という気もしてくる。


まんまつげ義春の漫画に出てきそうな世界。実際、つげ氏は北温泉が好きだったようだ。




天狗ににらまれながらのどシュールな空間での入浴。

緊張するなあ〜。



天狗の面はかなり大きい。

この温泉は天狗が掘り当てた、という伝説に由来するものなのだろうが、それだけでは納得し得ないほどの大きさだ。


    

浴室内には3つの天狗の面が掛けられている。

そして壁や梁には絵馬が下がっている。内容は健康祈念、病気平癒、子宝祈願などなど。

    

で、湯につかりながら温泉と信仰についてまとまるでもない考えを巡らせていた。



この北温泉だけでなく、少し奥の甲子温泉など、古い温泉の浴殿には入浴と信仰がセットになった空間をよく見かける。

さらに東北地方には白装束を着用し念仏を唱えながら入浴するという、まるでおとぎ話のような温泉すらある(今はないみたいだけど)。

また、全国の古くからある温泉地には温泉神社や薬師堂などが多い。



かように温泉と信仰が密接に結びついているのは何故か?

それは昔の温泉、特に湯治湯系の温泉は娯楽の為のものではなく、真剣に体の悩みを持った人が集う場だったからであろう。

しかも健康の為に、とか癒しがどうの、といった甘っちょろい姿勢ではなく、具体的に足が悪いとか子供が出来ないとか、はては不治の病といわれるヘビーな病を抱えて集う場所、それが湯治湯なのである。多分。


そこでは「治りたい、子宝が欲しい」といった一点に向かって強烈な念を送り込むことになる。必然的に信仰心が生まれ易い。

現在の新宗教でも病気を治すのは布教のひとつの手段であるのを鑑みると古今有効な手段である、といえよう。

少なくともお寺で薬師様(薬師様は病気担当の如来さんである)にお参りするよりも実効性がありそうだ、と判断するのは今も昔も変わらないのでは。

温泉に浸かるという行為と神仏に縋るという行為。

このふたつの行為は科学的/非科学的という概念によって分断されてしまったがかつては、そしてもしかしたら今でも不可分な存在なのかもしれない。



スイマセン、あまりにもいい湯加減なので妄想の世界へトリップしてしまいました…


すっかりのぼせてしまったようなので浴室の外へ出てみる。

天狗の湯の外には鬼子母神が祀られるお堂がある。ここにも絵馬がたくさん掲げられている。

    

お堂の中には古ぼけた鬼子母神像が。

さらに温泉界お約束の木製陽根。これも温泉と信仰を繋ぐ重要なファクターだ。




天狗の湯の隣、一段高くなっている所に大黒天を祀るうたせ湯がある。
そこから隣の天狗の湯を見おろす事が出来る。



また、うたせ湯と天狗の湯の間の外壁に棚があり、最初石鹸とかタオルとか置いとくトコかと思ったが絵馬の奉納所だった。

宝剣も奉納されていた。

    



その他、館内にはあちこちに温泉があり、その合間合間には古民具が雑然と積まれていたりして、で、その中に見たこともない神像があったりして宝箱の中で温泉に入っているような気分になる。




尚、昭和エレジー感にあふれた帳場横の土産コーナーも要チェックですぞ。



2007.6.
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