七寳寺/大阪府能勢町
もう6年近くも前の話で恐縮だが、能勢の高灯籠を見に行った時のことである。
高灯籠を拝観する前に向いの山の中に大仏がチラっと見えたような気がしたのだが、その時はすっかり高灯籠で遺伝子を組み換えられてしまい、大仏の事などすっかり記憶から消去されて帰途に着いたのだったが、その後、読者の方から「向かいの山にある大仏も高灯籠に負けず劣らずの凄さですぜ」的なタレ込みを頂戴し、悔し涙に明け暮れていたのだが、この度やっと行って来ました。
場所は大阪府の最北部、豊能郡能勢町。ダイオキシン騒動で一躍有名になっちゃった町だが、見た目には平和で呑気な山あいの里である。
そんな山の中に七寳寺はある。
場所は先にも述べた通り、能勢の高灯籠のすぐ近く。大阪方面から車を走らせて行くと、高灯籠とほぼ同時に金ぴかの大観音が見えてくる。
はて、6年前に来た時は大観音じゃあなくて大仏だったような気がしたけど・・・と、チョット気になりながらも大観音を目指す。
山道をうねうねと登って行くと七寳寺の境内に着く。
入口の案内を見るとここは日蓮宗のお寺で、物凄く広大な敷地を持ち、一回りするだけでも結構大変みたいだ。
境内には滝もあり、かつてここが真言系の修行場であることを伺わせる。
早速、坂を登って行こう。途中には巨大な石仏が林立しており、この寺の仏像ラヴァ−具合が見て取れる。
駐車場周辺だけでもかなりの石像がある。しかもその大きさたるや・・・上右写真の車の大きさと比べてみて下さい。
境内は山の中にあり、駐車場からは鉄筋コンクリート製の懸け造りの柱の間を登って行く。
朱塗りの手摺や欄干が緑のバックに良く映える。
懸け造りの舞台に出るとそこには信徒会館や本堂があり、大勢の人が参拝していた。
いや〜、人気のある寺やね〜、と感心していると、この日は日蓮さんの命日とかで大勢の信徒さんが集まっていたようだ。
で、本堂。
正面左右に仁王像がある変わった造り。いや、ここに来る迄に充分変わったお寺なんですけどね。
扉の隙間から本堂の中を伺うと、信徒の皆さんを前にお坊さんが何やらお経を唱えながら跳ねたりして結構激しい事をしていたみたいです。
階段の隅には何故かポケモンのキャラが石像で・・・
その他、大黒堂、祖師堂、不動堂、七面堂、本堂、鬼子母神堂、薬師堂などがある。
さて。
ここからがこの寺の真骨頂である。
本堂の先にもさらに山道は続く。その山道沿いにはコレでもか!という位に様々な仏像が点在している。
モノは石だったりブロンズだったりするのだが、とにかく大きい。
2〜3メートルはざらである。丈六(4.8メートル)以上の仏像を大仏というのであればここは大仏だらけである。
大仏がゴロゴロ(別に寝てる訳じゃないですけど)・・・
しかも仏像を大量に山中に安置しているお寺にありがちな出来の悪い大量生産品ではなく、結構ちゃんとつくりこんである点がミソだ。
大抵、この手の寺はとかく数だけ揃えておけ〜!的なノリが多くて、そういった場合、一番奥の方なんか何がなんだか判らない像が取り敢えず並んでいたり、下手したら積みっぱなしで放置してあったり、さらに下手するとお寺そのものが放置されちゃったりと、すっかり淋しい御時世だが、ここの仏像は出来が良いだけでなくきちんと台座に納まり、ある程度計画的に配置されているので、雑多な印象は全く受けない。
むしろキチンとしているだけにある種の本気具合というか懐具合というか、とにかくちゃんとつくり込んでいるゆえの迫力を感じてしまう。
道沿いの看板を見ると苦行釈迦、涅槃釈迦、地蔵菩薩、立蔵釈迦、大仏などなど。
石像の並ぶ山道を進んで行くと突然視界が開ける。
池に二つの赤い橋がかかっており、その周囲には五百羅漢の石像がずらずら〜っと並んでいる。
龍も凄かったです。
長い階段の両脇には目許がキリッとした羅漢さんが並ぶ。ど〜ですか、この濃い顔。
で、階段を登り切ると大仏さんが。
その名を攝津大仏といい高さは10.6メートル。完成は平成9年。
これもまた出来の良い大仏さんである。
大仏さんの前から下を見下ろす。左には大きな観音像、足元にも五百羅漢が並んでいる。
階段の横にあるお堂にはおおきな木彫仏が。手前の孔雀?鳳凰?がベリーナイス。
十二支の動物が並んでいるコーナーもある。馬、被っちゃってますよ!
大仏さんがいるところが山の頂上で今度は下り坂である。
金色の大観音が見えてくる。
かなりの大きさだが山の上から観音さんが見おろせる。
大観音は28メートル。赤丸内の愚息共と比べていただきたい。
大観音はFRP製で、去年完成したそうだ。
道理で6年前に見た時にはなかった訳だ。
台座の右側には扉があったがカギがかかっていた。
これで広い広い境内をひとまわりしたことになる。あ〜足、疲れた。
仏像の数と大きさと質を総合するとこれだけ備えたお寺はチョットないですよ。
寺自体は古くからあったようだが、現在の姿になったのは比較的最近だそうだ。
本堂が昭和44年建造というから、その他の建物や様々な仏像などもそれ以降という事になると思う。
わずか30余年でこの急成長。
右肩上がりですな〜!!!
今後の展開が楽しみである。期待してますよ〜!
あ・・・寝釈迦見るの忘れてた・・・
2003.10.
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