松本の七夕人形2/長野県



松本の七夕人形行事。




お次は博物館を出て街を歩いてみる。



街の中心部、高砂通りは人形店が多く、ひな人形の街と呼ばれている。


そんな通りには人形店だけでなく、様々なところで七夕人形が飾られていた。



商店の店先はもちろん…




閉店した商店でも…




一般の家屋の玄関先でも…





郵便受けにも。





街ぐるみで七夕人形を盛上げていた。






そんな通りにある人形店。



店先には数多くの七夕人形が飾られている。


店内には着物を掛けるタイプの人形が販売されていた。



昔ながらの人形を繰り返し使っているだけでなく、新しい人形を購入している、つまり現在進行形の習俗なのだ。


子供が誕生すると母方の親や親類が「将来着る物に困らないように」と、この人形を贈るのだという。


これは七夕の時期の貸し小袖の習俗によく似たものだ。


針仕事の上達を願って織姫に捧げる貸し小袖は広く行われているが、そのローカルバージョンと言っていいのではなかろうか。






さらに別の店でも七夕人形が売られていた。




盆燈籠と同列に並ぶ七夕人形。やはり盆と七夕は密接な関係がありそうだ。




もちろん紙人形タイプも。








それでは実際に七夕人形が飾られている様子を見てみよう。


七夕人形は本来は初子が生まれた家で子供が生まれてから数年間だけ飾るのだという。

松本市内で幼子がいて、なおかつ人形を飾っている家をピンポイントで探すのは難しいので、七夕人形を飾っている状態を再現している場所を訪ねてみた。




まずは窪田空穂の生家



国文学者で歌人の窪田空穂の生まれた家が保存されているのだが、そこに七夕人形が飾られているのだという。



明治8年に建てられたこの建物は本棟造といい、この地方独特の建築様式である。

妻入りで屋根に雀おどしと呼ばれる棟飾りが特徴的だ。





そんな旧家の軒先に七夕人形が飾られている。




右から紙人形型、着物掛け型、アシナガ、屋根の付いた人型。




夏の緩い風を受けてゆっくり、ゆっくり回っていた。



紙人形タイプは男が笏、女が扇を持っている。





着物掛けタイプはホンモノの着物を掛けるだけあって顔の大きさなどもほぼ等身大。



それだけにホンモノの人が吊るされてるみたいで一瞬ビビるのがこのタイプ。




彦星と




織姫。



逢瀬は年に一回ですか。寂しいかぎりですね…。





そして何といっても異彩を放っているのがこちら、アシナガ様。



着物を掛けるタイプの人形は普通の浴衣を掛けているが、こちらのアシナガ様は紙で作られた着物を纏っている。




そしてその着物は裾が短く、長い足が強調されている。

つまり、将来着物に困らないようにとか針仕事が上達するようにといった願いが込められた着物掛け型の人形とは明らかに違う目的をもって奉納されていると考えられる。


じゃあその目的とは?


…足が長くなりますように…じゃないよねえ?




角柱の2面を使って描かれるアシナガ様の顔。



頭部は月代で武士か町人っぽい、明らかに他の公家スタイルの七夕人形とは一線を画している。





こちらはアシナガ同様角柱に白い布で作った着物を掛けたスタイル。



屋根の下に男女の人形が並んでいるので意味合いとしては織姫彦星なのだろう。

サイズは極端に小さい。




人形の下、縁側に面した座敷には供え物が。




繭玉と糸が備えられている。

この辺やはり貸し小袖の影響なのだろうか。



着物を掛ける、というのは虫干しという実利的な側面もあるのだ。





こうして庭から見るとチョット恐いですね…。









次に訪れたのは馬場家住宅




先ほどの窪田家よりも古い幕末期に造られた家屋だ。



ここも雀おどしが印象的だ。

そして妻飾りの部分がゴージャスで先ほどの窪田家よりも豪華な家といえよう。

ちなみに国の重要文化財に指定されている。






玄関脇の見せ座敷のようなところには七夕の飾りと琴が飾られていた。



平安時代には七夕の際宮中で琴を弾いたそうな。




琴の手前には水を張ったタライに梶の木の葉っぱが浮かんでいた。




梶の木は神木でもあり、和紙の原料となる。

彦星がこの梶の葉に乗って天の川を渡るという言い伝えからわざわざ梶の葉を一枚タライに浮かべるのだそうな。

何ともロマンチックじゃありませんか。



ちなみにタライに映した星明りで針に糸を通すと裁縫が上達するのだとか。

ここでも裁縫上達の祈願が見てとれます。

着物、裁縫、糸、繭…

何となくこの地方の基幹産業だった製糸業を連想させるアイテムが次々と登場してくるではないか。





そんな馬場家の縁側にも七夕人形が勢揃い。




先ほど同様各スタイルの七夕人形が並んでいた。



着物掛け型。



浴衣が掛かっていた。



これは流し雛型か。



小さな人形がたくさん吊るされていた。


何だカラフルなテルテルボウズみたいだ。





注目のカータリ様。



やはり丈の短い着物を着ている。






さらに奥にももうワンセット七夕人形がいらっしゃる。





こちらも浴衣だ。








どうしてもカータリ様に目が行ってしまう。



腹掛に半纏という小粋なスタイル。



ヒゲがダンディですね。







ステキすぎるぜカータリ兄貴。






ところで。




カータリとは「川渡り」の訛化だという。



先ほどのアシナガも長い足で川や海に入っていくイメージが強い。





以下私の妄想じみた仮説だが、お付合いくだされ。

川を渡る、というのは三途の川を挙げるまでもなく民俗世界では明らかに死を意味する




そう考えると、この七夕人形の本質がにわかに浮かび上がってこないだろうか。




年に一度の逢瀬を繰り返す彦星、織姫。を生殖の象徴とするならば、その傍らにいるアシナガ、カータリはまさに死の象徴



つまりそこには生と死が同列に並んでいるのだ。


先にも述べたが、七夕の行事というのは盆行事と密接に関係している。


つまり、生と死の両方を並列させることによって、人間が生まれてきて、そして去っていく様子、つまり輪廻そのものを表現しているのではなかろうか。











ちなみに台湾では七夕は好きな人にプレゼントをする日とされている。

日本で言えばバレンタインデーのような日だ。



様々なルーツを持つ習俗とか行事が入り混じってそれぞれの国で常識化、固定化していくのだ。


つまり皆さんが持っている固定観念のようなものは実は大して根拠のない迷信がほとんどだ、ということを言いたかったのだが…



当初の懸念通り全然まとまんなかったな。

…すんません!






参考文献;「七夕と人形」 松本市立博物館 編 郷土出版社刊

2010.08.
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