西院の河原地蔵尊/千葉県鴨川市
真っ青な海、眩しい程の太陽。しかし体感気温は氷点下。冬の外房である。
寒風吹きすさぶ海沿いの岩壁に一際目立つ真っ赤なお堂が見える。
その名は西院の河原地蔵尊、西院の河原とは賽の河原の事。近在の信仰を集めるプチ霊場である。
建物は岩壁を覆うように建っている。
内部は浅い洞窟になっていてそこにたくさんのお地蔵さんが祀られているのだ。
一番奥には比較的古いお地蔵さんが置かれ、その手前には近年作られたお地蔵さんがズラッと並んでいて濃密な空気を漂わせている。
建物の外に見えるカラッとした海景色とはあまりにも対極的な光景だ。
・・・で、建物の中に入ってお地蔵さんの群れに圧倒されていると堂守のおばさんがお茶を入れてくれた。
日当たりの良い窓際でお茶とナゾのデザートを御馳走になりながらこの洞窟の縁起を聞く。
それによると・・・
大正の頃、近在のとある人がこの洞窟の前を通るときに赤ちゃんの泣き声が聞こえ、不思議に思って近付くとお地蔵さんが倒れていたという。
それを建て直したのがそもそもの始まりだそうな。奥の方に並んでいるお地蔵さんのうちどれかがそうなのだろう。
昭和初期に元々この辺一帯に点在していた地蔵をここに集め、そうこうしている内に新しい地蔵も奉納され現在に至っている。
一番大きな黒い石で出来たお地蔵さんには明治30年の銘が刻まれていた。
ここの最大の特色、それは未婚の死者の供養の場となっていて、子供や若者の遺影が数多く並んでいる事。
このような遺影を奉納する信仰形態は東北では良く見かけるが、関東では比較的珍しいような気がする。ここの地蔵尊もどういった経緯を辿って遺影が奉納され始めたのかは判らないが、もしかしたら全国的にこういった霊場への遺影奉納の習俗はあるのかも。
いずれにせよ、千葉県にこれほどまでの濃い供養形態がある事自体が私にとってはビックリだった。深いっすね、日本。
壁にも幾つか遺影が掲げられていた。子供や若者の遺影ばかりなので見ていても心が痛い。
皆、突然の珍入者である私を無言で見つめている。どっ、どうぞ成仏してください・・・
遺影の周りにはたくさんの花が添えられていた。これらは遺族の人達が供えたものなのだろう。
お地蔵さんが並ぶ隣には玩具や人形を奉納してある。
この詰め込みっぷり、隣にある遺影の群れとはあまりにも対照的である。
しかしそのカラフルでファンシーな大量の玩具も同じ理由によって奉納されているのだ。
人形奉納のつもりなのだろうか、カンバスに描かれたフランス人形の絵が強烈でした。
おばさんに礼を言って地蔵尊を後にする。振り返ればおばさんの背中が。
外の寒風がウソのように暖かい日当たりの良い窓際に座りながら何を思い何を感じているのだろう。
毎日来ているのか、近所の人達が交代で詰めているのかは知らないが、ココにいる時間のほとんどを独りで、たくさんの遺影を眺めながら過ごし、ごくたまに来る遺族にお線香を売ったり私のようなふらっと寄った人間にお茶を入れてくれたりする生活。
世知辛い現代社会において、ある意味仙人のような生き方だなあ、と感じ入ってしまった。
・・・案外、頭に浮かぶのは今晩のおかずやヨン様の事だったりするんだろうか。それはそれで贅沢な時間の使い方のように思える。
ちなみにナゾのデザートとは豆が入った四角いトコロテンみたいなモノで、まあ、この辺のローカルフードなのだろう。
ヘルシーですね〜、としかコメントのしようがない食べ物でした・・・
2006.2.
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