釜山珍寺大作戦

釜谷ハワイ



釜山珍寺大作戦、いよいよオーラスである。

やってきたのは釜山からバスで1時間半ほどかかる釜谷という温泉街。

温泉街とは言うものの、しっとりとした風情など皆無で何となく寒々しい雰囲気。

そんな街にある
釜谷ハワイが今回の最終修行の場となる。日本のスパリゾートハワイアンにクリソツな施設である。





釜谷ハワイは根本敬氏の名著「ディープコリア」で読んで以来、私の中では長年憧れの地となっていた。

豪定本 ザ・ディープ・コリア
↑オカイモトメハコチラカラ


加えて都築響一大兄の芸術新潮韓国特集に寄せた記事で釜谷ハワイの中にある「とある施設」を知ることで、私の中では最早行くべき場所から行かなければならない場所、いや、行かねば死ぬぞ!いや、行かねば地獄に落ちるぞ!いや、行っても行かなくても地獄に落ちるぞっ!…アレ、何を言ってるんですか俺?的重要な場所になってしまったのである。


そんな釜谷ハワイ。



プールの傍らに船があるところまで福島のスパリゾートハワイアンにクリソツである。




微妙にアンニュイな空気もスパリゾートハワイアンに良く似ている。





広い屋内プール、大浴場、大露天風呂、サウナといったお湯系施設のみならず、遊園地や温室、剥製館などもある、グレードとしては一・五流程度の行楽施設だ。




もちろん風呂やサウナで修行を敢行するのもやぶさかではないが、その前に見るべきところがある。


それは↓の赤線で囲った部分。







温泉や遊園地のエリアを抜けるとなだらかな丘陵地になり、その先には人工雪のゲレンデ(といってもソリ遊び程度)がある。



↓その丘陵地のメインストリート





で、みなさんが人工スキー場を目指すメインストリートと平行して側道がある。こちらにはほとんど人が来ない。

そりゃそうだ。楽しいスキー場へ行くには遠回りだし、何より人気がなく、うらぶれ感すら漂っている。


そんな側道沿いに
1/1スケールの立体地獄が存在するのだ。そう、これを目指して釜谷までやってきたのだ。





ここの立体地獄は地獄路といい、死後の様子が様々な彫像で示されている。

メインの道にはたくさん人が歩いているのにこちらにはほとんど人が寄り付かない。

…あ、コレがあるから皆、避けているのかな…



歩いているのはこんな人ばかり。




縄でつながれトボトボ歩く先には十王による裁きと地獄の責め苦が待っている。

十王信仰は中国で生まれた死後の世界の裁判システムである。

まずは死後7日ごとに裁判を7回受け、量刑が図られる。その後100日目、1年後、2年後の計10回裁判が行われ、次の進路が決まるのだという。

そんな十王信仰は死後の世界の標準モデルとして東アジアでは広く信じられていた。

そんな死後の世界をここでは立体的に説明しているというわけ。




まずは第一の景、泰廣大王廰




廰の中には恐ろしい形相の泰廣王がいて亡者を裁いている。


この人は順番待ちなのかな?





この人は待ちくたびれちゃったようで。



先ほどから薄々お気づきであろうが、これらの像は全て白御影石を刻んだ彫像である。

花崗岩系の石は大理石よりも遥かに硬く、人肌の質感を表現するような滑らかな表面加工や服の皺、髪の毛といった細かい加工はかなり難易度が高い。

コレをご覧の皆様は「ふ〜ん」とお思いかも知れないが、ここにある彫像は私が知る限り
かなり高いレベルの彫像技術で加工されているのですよ。




裁きを受ける人が中央で縛られている。

…が、もちろん目はその隣のお方に釘付け。




いかがであろう。この壮絶な責め苦。トゲトゲのマシンにサンドイッチにされちゃっている。刀山地獄というそうな。

ニュルンベルクの鉄の処女を髣髴とさせるイテテ具合である。




見た目のインパクトもさることながら、彫像の細かいところにも着目していただきたい。

例えばこのトゲトゲマシーン。
ヒンジの部分などもちゃんと作りこんである。タイの地獄あたりで良く見かける機械としての整合性を一切シカトしたようなマイペンライ的な責め苦マシーンとは明らかに一線を画している。この辺はさすが重工業の国だなー、と妙に関心。

さらに驚くべきことにそのトゲトゲマシン、中に挟まれて絶叫している亡者もその後ろでマシンを操作している獄卒も
すべて一枚の岩から彫り上げられているのだ!何度も見たから間違いない。ホントに全部つながってるんですよ。コレは本当に凄い。

ある意味地獄の責め苦よりビックリですよ。



一見お笑い要素満載な立体地獄だが、
超絶の石彫テクが駆使されまくっているのだ。





最初の裁判が終わり、次の裁判に向かうお方。





服がビリビリに破けている様を石で表現している。

コレがコンクリ像ならば後付でビリビリ部分を加えることも出来ようが、石彫の場合は途中で思いついて追加したり出来ないのだ。




うむむ。侮りがたし。韓国石彫界。



そして第二の景、初江大王廰



死後14日目の裁判である。

よく日本でも死後7日ごとに墓参りをする風習があるが、これは7日ごとの裁判で遺族がちゃんとお参りしていれば
審議が有利に働くと信じられていたからなのである。





新しいストレッチ、な筈もなく順番待ちのお方である。




地獄の釜。本来は煮えたぎった湯でアチチ、な筈なのだが、いかんせん真冬の韓国。氷が張って寒冷地獄になっちゃってます。




こちらは灼熱地獄。





ファイアーパターンの彫り込みとか亡者の苦悶の表情とか中々見ごたえがある。






さて二回目の裁判を終えていよいよ第三審へ向かう方々。



巨人の星並みの極太の涙が。







第三の景、宋帝大王廰




こちらの方も服がビリビリに。




そしてこちらはリアル寒氷地獄




見るからに寒そうですね。




隣で見守るのは地獄の番人、牛頭馬頭のご両人。

 



第四の景、五官大王廰



順番待ちもこの辺になってくると堂に入っている。




諦観の極み、といったところだろうか。





そして衝撃的な手首カット地獄




手の断面ってこんなんなんだー。手首から流れる血まで刻み込む芸の細かさったら。



生前の罪の重さを測定する業の秤も大活躍。




諦観




そしてまた諦観





第五の景、閻羅大王廰




いよいよ閻羅大王、つまり閻魔サマのお出ましである。


地獄のキングのお出ましである。




嘘をつくと舌を抜かれるぞー。のリアリズム的表現。





お堂の中には閻魔大王が。




フックで舌を抜かれるご婦人。
イテテ…




もう、涙も枯れ果てましたわー。



最後の一滴か。




第六の景、
變成大王廰




ここは毒蛇の地獄。




泣…




噛…




人頭蛇3匹が絡み合うの図。これもまた彫像としては難しい題材である。



難易度の高い、いわゆる
透かし彫りのテクニックを応用している。
人を笑わせるには演者は笑っちゃダメ、というお笑いの鉄則があるそうだが、この蛇は果たして笑っていいものなのか…。




第七の景、泰山大王廰



7回続いた裁判もこれでひとまず結審となる。

故人が良き判決を受け、より良い来世に行けるよう、遺族は49日の法要を行うのだ。

判決の担当は泰山大王、閻魔大王と並んで
冥界のドン的存在である。


結審だけに順番待ちの人たちも気合充分。体を反らせて待ってます。





ここでのお仕置きはご覧のとおり。



ノコギリでお腹ギコギコ、鉅骸地獄だ。



縒った紐を前後することでハイパワーの切削能力を発揮する…筈。

この石彫技術、もはや驚異としか言いようがない。

こんな凄いテクをこんなところで無駄に使ってていいのか。韓国。



(追記&ミニ知識)

このノコギリは大鋸(おが)というそうな。

調べてみると大鋸とは製材用の鋸で、要は細い鋸の部分を引っ張り固定するために紐を縒っているのだ。

つまり糸鋸の巨大バージョンですな。

紐の中央に棒を差し、それを回転させることで紐を縒って逆サイドの鋸を引っ張る仕組みなので、実はこの紐の向きは誤りである。
本来であれば中央の棒を挟んでお互い逆向きに紐が縒られていくはずなのである。

上手の手からも水が漏れましたな。


以上、埼玉の酔仙さんのご指摘です。ありがとうございました。





第八の景、平等大王廰




死者は先ほどの泰山王のところで審判が下され、一旦六道のいずれかに進路が決まる


しかし49日までの裁判で決まらない場合、さらにここで審議が継続されるのだ。いわゆる百カ日である。




腹に杭を打ち込まれたり…



針の山的な責め苦の鐵床地獄。こんなに良く出来た「作品」なのに四角錘の先端が所々欠けているのが残念でならない。マジで。





第九の景、都市大王廰



死後1年。まだ量刑が決まらない場合はここでまた裁判である。


強い風が吹き付ける
風塗地獄




髪の毛や衣の流れっぷりに着目いただきたい。ホント細かいところまで目が届いている。見事という他ない。





そして第十の景、
五道轉輪大王廰




泣いても笑っても最後の審判である。

ただし、待ちくたびれて溶けかかっている人もいる。まあ、2年も経っているからねえ。




↓この人はどうしたのだろう?判決が聞きたくないのか、それとも爆音地獄なのか。




最後の判決を神妙に受けている亡者。




…鳥に目玉をくり抜かれる暗闇地獄。




片隅には六道輪廻の図。



この明暗分かれすぎのルーレットを回し続け、
生きとし生けるものたちは無限の旅を続けるのだ。



最後はお地蔵さんが登場して死後の世界のプチ旅行は終了となる。












いつも思うことだなのが、この中国の仏教と道教の入り混じった
死後の世界の巧妙なリアリティは一体どこから来るものなのだろう?

システマティックな再審制度、官吏のような服装、十王、十界、六道といった細かいジャンル分け、さらには浄玻璃の鏡や人頭杖、業の秤などといった生前の行いを測定し、数値化する機器の数々…。



これはひょっとして
司法における理想的な姿を架空の世界に投影したのではなかろうか。



法や、理や、義を曲解して自分に都合よく変換する現世の薄汚い世界。

その汚泥にまみれた絶望的な現世から逃れるために人々は
法が正しく適応される理想の王国をこの想像上の死後の世界に作ろうとしたのではなかろうか。

一見、恐怖が支配する地獄だが、実は現世に絶望した人々の理想と希望が込められてたのかも知れない。



そう考えると、地獄もまんざら悪い世界でもないのかな…
とチョット思ったりして…








てなわけでたっぷり死後の裁きを堪能したので次は熱湯地獄(硫黄泉、38℃)や灼熱地獄(漢方スチーム、80℃)、
水垢離(同行の愚息は打たせ湯と呼んでいたような…)などを体感しに行こうと思うので、この辺で釜山珍寺大作戦、お開きにさせていただきます。

は〜極楽極楽、と。










参考

釜谷ハワイのHP


祝!再開!Spa Resort Hawaiians きづなリゾートスパリゾートハワイアンズ


芸術新潮 2006年 08月号 [雑誌]






釜山珍寺大作戦完了!



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